コロナ 都市 デザイン テレビスタンド

新型 コロナ ウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、おさまる気配をみせていない(2020年4月28日現在)。まったく先行きが見通せない、この未曽有の事態がこれからの世界にどのような影響を与えるのだろうか。

 

イギリスの新聞「ガーディアン」The Gardianは4月13日付記事でコロナウイルスの後の建築と題した記事を掲載した(Oliver Wainwright, Smart lifts, lonely workers, no towers or tourists: architecture after coronavirus, 13 Apr 2020, @the guardian.com

 

「形態はつねに感染の恐怖に従ってきた。機能に従うのと同じように」

 

わたしたちの住む都市や建物は、さまざまな病気によって形作られてきたと、「ガーディアン」の記事の著者、建築評論家オリバー・ウェインライト(Oliver Wainwright)は書いている。

 

「現在のグリッド型街路パターンはコレラの影響によるものだ。この19世紀に蔓延した伝染病がきっかけになり下水道が導入されたのだが、下水管を埋設するために、さらには過密を避けるための新たなゾーニング法の影響もあり、道路はより広くストレートになった。1985年に中国から始まった腺ペストの流行の際、鼠との全面戦争のなかで、排水管に始まりドアの框や建物基礎まで、あらゆるもののデザインが変化した。モダニズムによるクリーンな美学は、結核による影響でもあり、白く塗られた部屋、衛生的なタイル張りのバスルーム、そこここに置かれたミッドセンチュリーデザインのリクライニング・チェアの時代は、光が降り注ぐサナトリウムにインスパイアされたものだ」

 

モダニズム建築のスローガンとなった、シカゴ派の巨匠ルイス・サリバンの言葉をもじってウェインライトはこう述べる。

 

「形態はつねに感染の恐怖に従ってきた、機能に従うのと同じように(Form has always followed fear of infection, just as much as function)」。

 

COVID-19は、建築や都市に一体なにをもたらすのか。「ガーディアン」の記事を案内役に、大胆予測の虚構未来を語る思考実験を試みてみよう。信じるも信じないもあなた次第(★1)。引用はすべて同記事から。

 

これからはオフィスでもソーシャル・ディスタンシング

 

世界で巨大空港などを手掛ける英設計事務所スコット・ブラウンリグ社のチーフ・エグゼクティブのダーレン・コンバー(Darren Comber)は言う。

 

「これまでわれわれは、コワーキング・スペースに対するブームを目の当たりにしてきた。しかし今回の出来事の後、すべてのチームをひとところに詰め込んで、ほかの業務と密接に交わり合うことを会社が望むだろうか?小区画に分割された1950年代のワークスタイルに戻ることを勧めるわけではないが、はっきり言えばオフィスの密度は変るだろう。オープンプランのレイアウトから脱し、同時に効果的な換気や開閉できる窓が求められる」

 

働く場においてもソーシャル・ディスタンスが当たり前になり、ワークプレイスの密度は今の1/2が目標になる。コワーキング・スペースのような、セレンディピティや他部門との交流を売りにする性善説が前提のオープンなワークプレイスは過去のものとなり、労使ともに理想とするのはカプセル型のパーソナル・プレイスになる。広々としたフロアーに蛸壺のようなブースが点々とならんでおり、そこで自己隔離しながらモニター相手に一日中格闘するというのがこれからのオフィスの日常だ。

 

COVID-19の場合、エアコンによる飛沫の浮遊が室内感染の大きな原因ということが判ってきており、換気はオフィスの最重要課題となる。なかでも窓が開けられ、自然換気ができるオフィスは希少物件として市場で最も高い賃料をとれるオフィスとなる。今まで隙間風で悩まされてきた物件は一転してヘルシーなヴィンテージ物件として一躍脚光を浴びる。

 

満員電車にすし詰めという濃厚接触スタイルの通勤は、感染拡大につながる犯罪的行為とみなされるようになり、従業員にそれを強いる企業は、ブラック企業ならぬデビル企業として厚生労働省が社名公表に踏み切り、リモートワークはますます常態化する。日本のサラリーマンの間に、苦行僧並みの厳しい自己抑制の美学を育んできたこの愛すべき通勤スタイルも、もはや歴史として経営学の教科書に載る時代となろう。

 

毎朝、定員ギリギリまでぎゅうぎゅう詰めになる満員のエレベーターという風物詩も、クラスター発生の危険極まりない密閉・密着空間であるとして、国土交通省によりエレベーターの定員は8割減という厳しい規制がなされる。一分一秒を争うグローバル・エリートにとって、ストレスの種がまたひとつ増える結果となる。

 

レス・イズ・オール(Less is all)という世界像。あるいはオフィスの消滅

 

「ガーディアン」の記事は、「ポスト・コロナウイルスの原則」が採用されたオフィスビルが既に作られていることを報じている。

 

フォスター&パートナーズ社でワークプレイス・チームを率い、現在、ザハ・ハディド・アークテクツとコラボしている建築家兼コンサルタントのアルジュン・カイクラー(Arjun Kaicker)らが携わるUAEのシャルージャに作られているザハ・ハディッドによるBee’ah Headquater というビルだ。

 

そのオフィスは「非接触パスウェイ(Contactress pathways)」と呼ばれるキーワードに乗っ取ってデザインされており、スマホでエレベーターを呼び出し、ドアはセンサーと顔認証システムで自動的に開くという、働く人は自分の手でほとんど建物の表面に触らなくても済むオフィスビルだ。

「われわれは、自治体と共同で、ストリートからワークステーションにいたるまで、直接的な接触を排除することを目指している。ブラインド、照明、換気、さらにはコーヒー一杯の注文まで、手元のスマホでできるようになるだろう」。カイクラーは言う。

 

タッチレス、コンタクトレス、ハンズフリー。ないことがすべてであるようなレス・イズ・オール(Less is all)が コロナ の時代のオフィスのキーワードだ。

ないないずくしのオフィスの未来が行き着くのは、建物への物理的な接触だけにはとどまらない。今回の出来事をきっかけに、無料テレビ会議アプリや電子捺印など新たな非接触技術が矢継ぎばやに登場し、またたく間に普及した。非接触というコンセプトは、あらゆる局面にまで展開するだろう。社内会議がすべてビデオ会議となることはもちろん、社員相互の連絡も個人のパーソナル・ブースからZoomを使ってというように、人的接触も含めてすべての接触を排除したオフィスにまで行きつくのは時間の問題だ。

 

待てよ、そうなると、そもそもオフィスに出社する意味っていったいなんだろう?

 

満員電車のマゾヒスティックな自己修行の機会もない、ソーシャル・ディスタンスがうるさくて社員食堂で同僚と一緒にサラメシも食えない、会議での居眠りという至福の時間ももうない。地下の飲食街の大手チェーン店は早々と見切りをつけて閉店してしまったし、飲食店での酒類の提供は午後5時までと一歩踏み込んだ行政指導がなされ、会社帰りの一杯も事実上禁止されて久しい。

 

オフィスへ出社どころか、 コロナ の時代は、オフィスそのものもなくなっしまう時代かもしれない。

 

高密度都市は罪悪なのか?救いなのか?

 

「事態を破滅的にしている背景にはNYCの密度の高さがある。NYCは密度を下げる計画を早急に打ち出す必要がある」と3月の終わりにクオモNY知事はツイートした。「アメリカのとてつもないスプロールにこそ、われわれを救う希望を見出すべきだ」とツイートしたジャーナリストもいた。

「密度の問題はアメリカにとって、今なお対立を引き起こす問題だ」。ノースイースタン大学建築学教授のサラ・ジェンセン・カー(Sara Jensen Carr)はこう指摘する。「今回のパンデミックは、もともと高密度に懐疑的で、車中心の郊外化を推し進めたい人々に格好の攻撃材料を与えた。だが彼らは100年前と同じ議論を繰り返しているだけだ」で警告する。

 

「ステイ・ホーム」、「おウチにいよう」の合言葉のもと、自宅での自己隔離とリモートワークは、都心をゴーストタウン化する一方で、住宅地では、狭い舗道に肩をぶつけるように人が行きかい、商店街やスーパーはライブハウス並みの3密空間と化し、公園や緑道は子供たちの外遊び、ランニング、ウォーキング、散歩など老若男女で芋を洗う状態となり、児童公園では限界にきたストレスを密着トークで発散させるお母さん集団を発生させている。

 

都心のゴーストタウン化と住宅地での「おウチ3密」の発生という、これまでとは正反対の現象が生まれ、新たなドーナツ化現象となって構造化する。

 

都心のオフィス需要は徐々になくなり、借り手がいないオフィス群、空き店舗だらけの商業ビルや地下街が生まれる一方で、住宅地での密度は高止まりし、解消する気配は一向にない。

 

職住と昼夜人口が双方とも高密のNYC、職住と昼夜人口の密度が都心とそれ以外のエリアで極端にアンバランスなTOKYO。

 

コロナ ウイルスを前にして、世界の都市はそれぞれの処方で自らの密度問題に落とし前をつけることを迫られている。

 

 

To be continued

 

text by 大村哲弥

 

(★1)言うまでもないが、「ガーディアン」の記事が本稿で展開しているような未来像を主張しているわけではない。

(★)トップ画像 photo by Kazuki HIRO

 

 

 

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